■ お二方は撮影中とか、演技について話し合ったり、ディスカッションしたりということはなかったのですか。
花井 撮影に入る前はこういう感じかなとか、頭の中でいろいろ想像していたんですけど、いざ現場に入ってみると澪ちゃんの夕紀がそこにいてくれることで、いつのまにかそのときそのときの感情のまま、想像とは全然違うことをしていました。澪ちゃんは女優として先輩でもありますし、常に私を引っ張ってくれましたね。でも撮影中も含めて、ふたりで話し合いながら、みたいなことは特になかったです。
大谷 最初の頃こそ瑠美ちゃんのほうからいくつか質問されたりしていたんですけど、もともと私は「別にそんな難しく考えなくてもいいんじゃない?」ってタイプなものですから(笑)、全然ちゃんと答えられてなかったんですよ。ただ、今回は金子監督が基本的に好きなようにお芝居をさせてくれる雰囲気の現場でしたし、あまり頭の中で考えてもしょうがないというか、いつもだとどこか客観視しながら、お客さんにどう見えるだろうとか警戒してしまう癖もあったりするんですけど、瑠美ちゃんはお芝居が、本当に毎回違うものが来るんですよ(笑)。
花井 ……(笑)
大谷 テストでもリハでも本番でも全部違うんです。だから瑠美ちゃんがこう来るから、私はこうしようとか考えても、次はまた絶対違うものが来るから、そうなると私の言う台詞にしても意味が違ってきたりすることも多々ありましたし、だからあまり考えちゃいけないんだなって。瑠美ちゃんは演技が初めてだから全力でぶつかってくる分、私もぶつかっていかないと、多分ここでは成立しないだろうし、だから私も何も考えないようにしようと。
金子 作戦成功だったわけだ(笑)。
花井 私も全てやり終わった後で感じました。ホント、澪ちゃんのおかげだなって。
金子 映画のキャラクターとしては叶子が夕紀を振り回しながら引っ張っていくわけだけど、現実のふたりは真逆だった。本当に花井さんは、絶対に同じことをしなかったからね(笑)。
花井 同じことをできるようなテクニックとか全然持っていませんでしたし、とにかく何もかもわからない状態でしたから。また、澪ちゃんが何か言ってくるときの表情の微妙な変化であるとか、眼の動きとかで、私が感じることが違ったりしちゃうものですから、それをそのまま言ってしまうんですよ。
金子 澪ちゃんはもともと、叶子の役をやりたがっていたんだよね。
大谷 そうなんです。でも今となっては夕紀で良かったと思いますね。逆に叶子だったら多分できなかったというか、叶子は夕紀をかき乱していく分、一見つかみやすいキャラクターではあるんですけど、それだけに経験があると、小手先と言ってしまったら語弊がありますけど、自分の引き出しの中だけでやってしまいそうになる危険性がありました。
金子 オーディションのときの澪ちゃんの叶子は結構色っぽかった(笑)。でも、僕のイメージする叶子はもっと少年っぽかったんですよ。むしろ澪ちゃんの女らしさは夕紀に合っているんじゃないかなと思ったし、花井さんの叶子に賭けてみたいとも思った。まあ、映画が出来上がった今となっては、このキャスティング以外想像もつかないくらいになっているけどね。でも最初の頃は、ふたりとも一体どうなることやら見当もつかなかったでしょう。
大谷・花井(笑)
金子 脚本はすごく魅かれるものがあったと思うんだけど。
大谷・花井 はい。
金子 原作は女の子ふたりしか出て来ない短編なんだよね。で、映画の中で主に生かされているのは冒頭の水族館のシーンと、ふたりが自殺ごっこするところ。自殺ごっこのところは見た人に真似されたりするといやだなと思ったりもしたんだけど、でも結構あれが物語としてすごく魅かれるところでもあったんですよ。
大谷 自殺ごっこのシーンは、台本を読んだときから何となく共感できるものがありましたね。思春期ってやっちゃいけないことをやりたくなるというか、死にたいわけじゃないんだけど、なぜかああいうものに興味を示してしまう。特に女の子って、ああいう感じでの生と死の狭間の危険に魅かれたりするんですよ。男の子だとタバコとかやんちゃな遊びにいっちゃうのかもしれないけど。だからあのシーンは女子で共感してもらえる人も多いんじゃないかと思います。
金子 多分、中年以上じゃないと、SEXと死はイメージとして結びつかないのかな? という気もするんだけど。
花井 そうなんですか?
金子 あ、ちょっと危険な質問だったかな(笑)。でもふたりともまだ若いけど、もっと快楽の頂点としての死を感じるところまでいくと……って、「もう感じてます」なんて言われたら怖いけどね(笑)。
大谷・花井 言いませんよ!(笑)